B2Bマーケティングでストーリーテリングが効く理由:業界別成功事例と4つのステップを解説

NIKEは靴を売っているのではありません。「可能性」を売っているのです。
この言葉を聞いて、ピンと来た方も多いのではないでしょうか。
この記事では、B2Bマーケティングの可能性を最大限に引き出す「ストーリーテリング」について、私の経験と具体的な事例を交えながら詳しくお話しします。
◾️ なぜストーリーテリングが重要なのか?3つの実例で見るその圧倒的な力
NIKEの「Just Do It」が教えてくれること
NIKEの「Just Do It」キャンペーンでは、商品の機能説明や価格の話は一切なし。代わりに、80歳のおばあちゃんがマラソンを完走する姿や、車椅子のバスケットボール選手が汗だくで練習する姿を描く。
これこそがストーリーテリングの力です。
視聴者は靴のクッション性能やデザインについて学ぶのではなく、「自分も挑戦できるかもしれない」という可能性を感じるのです。
Amazon:30秒で心を掴む魔法
私の古巣AmazonのTVCMを覚えていますか?
生まれたばかりの赤ちゃんが、家にいるワンちゃんを見て泣いてしまいます。困り果てたお父さんは、Amazonで「ライオンのたてがみ」を注文。翌日届いたそのたてがみを犬にかぶせて、もう一度赤ちゃんの前へ。すると赤ちゃんは泣き止み、手を伸ばしてワンちゃんを受け入れるのです。
セリフも説明もAmazonのサービス紹介も一切なし。たった30秒のストーリーです。でも観た人の多くが、「ああ、Amazonだと、なんでもすぐに手に入るんだ」と感じる。これもストーリーテリングの威力ですよね。
この2つの事例はどちらもBtoCの会社です。「BtoBビジネスには関係ないよ」と思う方もいるかもしれません。それは大きな間違いです。
Volvo Trucksの伝説的なキャンペーン「The Epic Split」
B2Bストーリーテリングの金字塔とも言える事例を紹介します。
夜明けの滑走路。俳優ジャン=クロード・ヴァン・ダムが、2台の大型トラックのサイドミラーの上に立ち、ゆっくりと左右に開いていくトラックに合わせて、完璧な180度の開脚を決める----というあり得ないシーンから始まります。
流れてくるエンヤの「Only Time」の美しいメロディーと共に、ナレーションが響きます。
「これまでの人生で、多くの困難を乗り越えてきた。でもこの挑戦は、その中でも特別だ----」
この映像が伝えているのは、Volvoの大型トラックに搭載された「ダイナミック・ステアリング」のミリ単位で制御できる驚異的な安定性です。
ポイントは、技術の話をスペックで説明していないこと。数字やデータではなく、命がけのパフォーマンスというドラマチックなストーリーで語ったことなのです。
結果は驚異的でした。この動画はわずか9日で再生数4,000万回を突破。広告費はわずかながら、PR効果は1億ドル超。さらに170億円規模の商談につながったとも言われています。
◾️ B2Bでも人の心を動かすのは「感情」
B2Bでは、「論理的に説明すれば伝わるはず」「データを見せれば納得してもらえるはず」と考えがちです。でも実際は、最終的に意思決定をするのは「人間」なのですよね。
そして人間は、感情で動く生き物です。
BtoBビジネスでよくある間違いが、「最初からスペックを語ること」。でもそれでは、相手の心は動きません。
人は感情で動き、あとから理屈で納得するのです。
特にWebサイトや動画、資料を初めて見た瞬間に、「これ、うちのことかも」と思わせるストーリーが必要なのです。
「同じ業界で、似たような課題をこう乗り越えた企業がある」というストーリーを伝えると、相手は"自分ごと化"できます。その上で、「実はこういう機能で解決できるんです」と、機能やスペックの話をする。
この順番を逆にしてはいけません。
先にストーリーで引き込み、後で商材の力を説明する。これが、B2Bでも選ばれるプレゼンや提案の鉄則です。
BtoBマーケティングについては、以下の記事で説明していますので、参考にしてください。
▶️ BtoBビジネス・法人営業にマーケティングが必要な理由と導入ステップ
◾️ ストーリーテリングが有効な業界とその理由
私の経験上、特に以下の業界でストーリーテリングが威力を発揮します。
① 製造業(部品・機械・設備関連)
技術力や品質の違いが伝わりにくく、価格競争に陥りがちな業界です。
「なぜ選ばれているのか」「どんな現場でどう役立ったのか」といった顧客の導入事例ストーリーが強力な武器になります。
たとえば「24時間止まらない生産ラインを実現できた背景」や「老朽化設備の更新でコストを3割削減した事例」など、現場感あふれる物語が深く響きます。
② IT・SaaS業界
目に見えないサービスで導入後の価値が想像しづらい業界です。
「属人的な営業管理に限界を感じた営業部長が、SFA導入で劇的な成果を出した」といった職種別・課題別の成功ストーリーが効果的。「現場の苦労 → 劇的改善」の流れが特に有効です。
③ 医療・ヘルスケア・福祉関連のB2B
機器・サービスの"人を救う価値"が感情的に訴求できる業界です。
「患者さんの笑顔が戻った」という一言が、提供価値を何倍にもします。人の生活や命に直結するサービスだからこそ、ストーリーの力が際立ちます。
④ 人材・研修・コンサルティング業界
成果が見えにくく、信頼が意思決定のカギになる無形サービス業界です。
「それってウチにも効くの?」と疑問を持たれがち。だから「若手の離職率に悩んでいた製造業で、人材定着率が劇的に改善した」など、クライアント側の変化を追ったビフォーアフターのストーリーが効果的です。
私の会社もこの分野ですが、まさにストーリーテリングが成約率を大きく左右します。
⑤ 建設・インフラ・エネルギー系B2B
スケールが大きく、導入の意思決定に時間と複数の関係者が関わる業界です。
社内の階層が厚いので、全体像を理解してもらうために「課題 → 解決プロセス → 結果」をストーリーとして描く必要があります。
◾️ B2Bマーケティングで効果的な3つのストーリーパターン
具体的にどんなストーリーが効果的なのか、3つのパターンをご紹介しましょう。
1. 成功事例のストーリー
自社の製品やサービスが顧客の課題をどのように解決したか、実例を共有するストーリーです。
ただし、単に「売上が◯%アップしました」と結果だけを伝えるのではありません。「なぜその課題が生まれたのか」「どんな困難があったのか」「どうやって乗り越えたのか」というプロセスを丁寧に描くことで、聞き手は自分事として捉えられるようになります。
具体例: 「A社の製造部長は、毎月の在庫管理に頭を悩ませていました。Excel管理では限界があり、欠品と過剰在庫が同時に発生する状況。深夜まで数字と格闘する日々が続いていました。そんな時、弊社のシステムと出会い...」
2. 顧客ジャーニーのストーリー
顧客がソリューションによって克服した課題を強調し、その変化の過程を紹介するストーリーです。
「Before(以前はこんな状況で困っていた)」から「After(今はこんなに良くなった)」への変化を、ドラマチックに、でもリアルに描くことで、同じような課題を持つ見込み客は「自分もこうなれるかもしれない」と感じてくれます。
3. ブランドオリジンストーリー
ブランドの起源と、そのミッションを推進する価値観について語るストーリーです。
「なぜこの事業を始めたのか」「どんな想いがあったのか」「どんな未来を目指しているのか」。これらを語ることで、単なるサービス提供者ではなく、同じ志を持つパートナーとして認識してもらえるようになります。
重要なのは、どのストーリーも「自慢話」にしないことです。主人公は常に「お客様」であり、私たちはそのお客様の成功を支える脇役であるという姿勢を忘れてはいけません。
◾️ 魅力的なB2Bストーリーを構築する4つのステップ
実際に魅力的なストーリーを作るための具体的なステップをお話しします。
ステップ1:ターゲットオーディエンスとそのペインポイントを明確にする
まずは、誰に向けて話すのかを明確にしましょう。彼らのニーズ、願望、そして課題は何でしょうか?
例えば、IT部門の責任者なのか、営業部門のマネージャーなのか、経営者なのか。それぞれ抱えている課題や関心事は全く違います。
「システムの安定性を重視する人」と「売上向上を重視する人」では、同じサービスでも響くストーリーが変わってくるのです。以下のような具体的な調査方法があります
- 既存顧客へのインタビュー
- 営業チームからのヒアリング
- 業界レポートの分析
- SNSでの顧客の声の収集
ペインポイントを探るためのバリュウープロポジションの考え方について、以下の記事で説明しているので参考にしてください。
▶️ バリュープロポジションとは?顧客価値で選ばれる差別化をする方法を事例で解説
ステップ2:説得力のある物語の構成を選ぶ
ストーリーには型があります。有名なのは「ヒーローの旅」です。スターウォーズやドラゴンボールのように、主人公が師匠と出会ってだんだん強くなっていくという構成です。
B2Bでは他にも効果的な構成があります:
「弱者からの逆転ストーリー」 小さな会社や困難な状況から這い上がった話。共感を呼びやすく、「自分たちも頑張れば」という気持ちにさせてくれます。また、「シンプルなビフォーアフター」 最もわかりやすい構成。問題があって、解決策を導入して、結果が出た。シンプルですが、だからこそ強力です。
「問題解決の冒険」 課題に直面 → 様々な解決策を模索 → 最適解との出会い → 成功という流れ。
どの構成を選ぶかは、伝えたいメッセージとオーディエンスによって決めましょう。
ステップ3:共感を呼ぶ魅力的なストーリーを作る
ここが最も重要なポイントです。生き生きとした言葉、リアルな登場人物、そして共感できる状況を通して、聞き手の心に響くストーリーを作りましょう。いかにいくつかの具体的なテクニックを紹介します。
五感を使った描写
「会議室の重い空気」「プレゼン前の緊張で手に汗をかいていた」など、感覚的な表現を使う
リアルな会話を入れる
「その時、お客様がこうおっしゃったのです『もうこの課題とは何年も付き合ってるんだよ』」
数字は物語の中に織り込む
「売上が30%アップ」ではなく「30%の売上アップで、彼らは念願だった新オフィスに移転できました」
時系列を明確にする
「3か月前まで」「導入から2週間で」など、時間の流れを意識する
そして忘れてはいけないのが、正直であること。失敗談や苦労話も含めることで、リアリティが増し、信頼感につながります。
ステップ4:ストーリーを継続的に改善する
ストーリーは一度作って終わりではありません。効果を測定し、改善を続けることが重要です。
測定すべき指標の具体例:
- エンゲージメント率(動画視聴完了率、記事滞在時間など)
- 問い合わせ獲得率
- 商談化率
- 成約率
改善のポイントの具体例:
- A/Bテストでどのストーリーが響くかを検証
- 営業現場での反応をヒアリング
- 業界トレンドの変化に合わせてアップデート
ストーリーテリングで変わった営業成績
以前、支援先のIT企業の事例です。最初は機能説明中心の提案で全く響かない状況が続いていました。成約率は10%程度で、価格競争に巻き込まれがちでした。
そこで、既存顧客の成功事例を詳細にヒアリングし、ストーリー形式で再構築しました。
「同じ業界のB社では、毎月末の売上集計に3日間かかっていました。営業メンバーは数字の入力作業に追われ、本来の営業活動に集中できない状況でした。そんな時、弊社のシステムを導入いただいたところ...」
このようなストーリーベースの提案に変更した結果、成約率は35%まで向上し、受注単価も20%アップしました。
成果が出た理由として以下が考えられます:
- 見込み客が「自分の会社と同じ状況だ」と感じた
- 解決後の未来が具体的にイメージできた
- 単なる機能ではなく「価値」が伝わった
◾️ ストーリーテリングを活用する際の注意点
効果的なストーリーテリングには、いくつかの注意点があります。
1. 過度な演出は避ける
リアリティを失うような誇張は逆効果です。B2Bの意思決定者は冷静な判断力を持っているため、明らかに作り話と感じられるストーリーは信頼を損ないます。
2. 業界特有の事情を理解する
業界によって重視される価値観や課題は異なります。製造業では「品質」と「効率」、IT業界では「イノベーション」と「セキュリティ」など、業界の文脈を理解してストーリーを構築しましょう。
3. 法的・倫理的な配慮
顧客事例を使用する際は、必ず事前に許可を取り、機密情報の取り扱いに注意しましょう。匿名化する場合も、業界がわかりすぎて特定されないよう配慮が必要です。
4. 文化的な違いを考慮する
グローバル展開している場合、国や地域によって響くストーリーが異なることがあります。現地の文化や価値観に合わせたローカライゼーションを心がけましょう。
◾️ ストーリーテリングの実践ステップ
「理論はわかったけど、具体的に何から始めればいいの?」という声をよく聞きます。まずは、すぐに実践できることから始めましょう。
1. 既存顧客にインタビューする
最も効果的なのは、既存顧客の生の声から仮説を立てていくことです。
聞くべき質問の事例:
- 導入前はどんな課題がありましたか?
- その課題でどんな困りごとがありましたか?
- 弊社のサービスを知ったきっかけは?
- 導入の決め手は何でしたか?
- 導入後、どんな変化がありましたか?
- 今振り返って、どう感じますか?
2. 社内の成功事例を収集する
営業チームやカスタマーサクセスチームから、印象的な顧客事例を集めましょう。数字だけでなく、お客様の表情や発言、背景事情なども含めて詳しくヒアリングします。
3. 小さなストーリーから始める
いきなり大きなキャンペーンを作る必要はありません。まずは営業資料の一部や、Webサイトの事例紹介から始めてみましょう。
4. 効果を測定する
ストーリーを導入した前後で、どのような変化があったかを記録しましょう。定量的な数字だけでなく、営業現場での反応や顧客からのフィードバックも重要な指標です。
◾️ ストーリーテリングはB2B成功の鍵
ストーリーテリングを活用することで、ビジネスの成長を促進できます。
中でも、一つ重要なことをお伝えしたいと思います。ストーリーテリングは一度きりの取り組みではありません。
市場は変わるし、お客様のニーズも変わります。だからこそ、常に新しいストーリーを発見し、既存のストーリーをアップデートしていく必要があります。
そして、ストーリーテリングは単なるマーケティングの手法ではありません。お客様との真のつながりを築くための、コミュニケーションの本質なのです。
データや機能説明だけでは届かない、人の心の奥深くにある感情に訴えかけることで、単なる取引を超えた信頼関係を構築できます。
皆さんも、ぜひ今日からストーリーテリングを取り入れてみてください。最初は小さな一歩からで構いません。きっと、これまでとは違う反応を得られるはずです。
私自身、この手法を取り入れたことで、多くのクライアントとの関係が深まり、ビジネスの成果も大きく向上しました。あなたのビジネスにも、きっと変化をもたらすことでしょう。
このブログでは、マーケティングや営業に役立つ記事を掲載しています。 他の記事も読み、ビジネスの参考にしてください。
執筆者
家電メーカー、石油会社、大型車両メーカー、高機能フィルムメーカー、建築部品メーカーなどに、新規事業立ち上げ・ブランド構築のコンサルティングと、顧客視点の顧客文化にするマーケティング社員研修を提供。 2013年より2024年まで、関西学院大学 経営戦略研究科で教授を務める。
著書は「売れない問題 解決の公式」(日本経済新聞出版)など国内外で24冊。米国、台湾、香港など海外でも講演。テレビ、ラジオの出演や新聞・雑誌への寄稿も多数。YouTubeでも最新のマーケティング情報を発信中。 本名 児玉洋典
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