新規事業立ち上げを成功に導く5つのステップ〜企業の失敗事例で解説:避けるべき「顧客不在」の罠

新規事業が失敗に終わる大きな原因の一つに「顧客不在」、つまり顧客視点を見失ってしまうという問題があります。この記事では、5つの企業の失敗事例を取り上げ、各社がなぜ顧客のニーズを捉え損ねて失敗したのかを解説します。
後半では、売り手視点に陥ることがなぜ失敗を招くのか、そしてそれをどう防げばよいかをマーケティングの視点で考察します。
最後に、顧客視点を組織に根づかせるための5つの実践策(市場調査、インサイト探索、仮説検証、フィードバックループ、チーム共有)を紹介します。
◾️ 【経営者必見‼️】新規事業の立ち上げで陥りがちな「顧客不在」の罠 - その理由と克服法
新規事業の立ち上げは、多くの企業がチャレンジし、多くの企業が挫折する道です。
これまで20年以上にわたり、大企業から中小企業まで数多くの新規事業立ち上げを支援する中で、新規事業がうまくいかない原因には共通点があります。
それは、「顧客不在」にあります。
「顧客不在」とは何でしょうか?それは、自社の技術や製品、それまでの成功体験に焦点を当てすぎるあまり、顧客の本当のニーズや問題を見失ってしまう状態です。いわゆる「プロダクトアウト」の極端な形と言えるでしょう。
驚くべきことに、この問題は企業の規模や業種を問わず発生します。大企業の方が豊富な経営資源を活用できるにもかかわらず、むしろ組織の慣性が強いため「顧客不在」の罠に陥りやすい傾向があります。
この記事では、なぜ企業が「顧客不在」に陥るのか、その主な理由と実際の失敗事例を紹介し、そしてそれを克服するための実践的アプローチを解説します。
「顧客不在の新規事業」とは、まるで客席が空っぽの劇場で一人芝居を続ける役者のようなものです。どれだけ素晴らしい演技をしても、観客がいなければ拍手はありません。どれだけ優れた技術や機能を詰め込んでも、顧客が求めていなければ、市場での成功はないのです。
ある企業の開発責任者はこう語りました。「我々は2年間、最高の技術を結集して製品を開発しました。だが発売後、誰も買わなかった。なぜだろう?」
答えは単純です。彼らは一度も顧客と対話していなかったのです。自社の技術的優位性だけを頼りに、市場ニーズを「想定」していたのです。
◾️ 「顧客不在」に陥る5つの理由と事例
1. プロダクト志向が強すぎる〜セグウェイの事例
多くの技術者や開発者は自社の技術や製品に誇りを持っています。それ自体は素晴らしいことですが、時にそれが「技術信仰」となり、顧客ニーズを無視した製品開発につながります。
セグウェイは2001年に「未来の乗り物」として華々しく登場しましたが、売り上げが伸び悩みました。当時の報道によれば、多くの人にとって「移動手段として本当に必要か?」という問いへの答えが曖昧だったとのことでした。技術や製品の完成度に目が向き、「ターゲット層のどんな課題をどう解決するか」という顧客起点の視点が、開発時から必要だという示唆がある事例です。
2. 社内の思い込みと視点の偏り~事例:New Cokeの失敗
組織内で長年働いていると、「我々の顧客は〇〇だ」という思い込み、固定観念が蓄積されます。これが新規事業における顧客理解の障壁となります。
コカ・コーラが1985年に発売した「New Coke」は、この思い込みの危険性を示す教科書的事例です。当時、コカ・コーラはペプシとのシェア争いに苦戦していました。ブラインドテストでは、ペプシの方が好まれる傾向がありました。そこでコカ・コーラは大胆な決断をします。99年の歴史を持つ伝統的なコーラの味を変え、「New Coke」を発売したのです。徹底したテイスティングテストの結果、「New Coke」は従来のコカ・コーラよりも好まれることが「実証済み」でした。しかし、古くからのユーザーはこの味を好まず、発コカ・コーラは従来の味を「Coca-Cola Classic」として復活させざるを得なくなりました。コカ・コーラは「味」だけに焦点を当て、ブランドへの感情的愛着という重要な要素を見落としていたのです。消費者にとってコカ・コーラは単なる飲料ではなく、アメリカ文化の象徴だったのです。
この事例が教えてくれるのは、顧客行動は「合理的」要素だけでなく、「感情的」要素にも大きく左右されるということです。そして、自社の思い込みによって、その重要な側面を見落とす危険性があるのです。
3. 市場の変化を無視する~事例:Blockbusterの事例
成功している企業ほど、「我々のビジネスモデルは正しい」という確信が強くなります。これが市場の変化を見逃す原因となり、新規事業の失敗につながります。
かつてDVDレンタル業界の王者だったBlockbusterの事例は、この教訓を物語っています。2000年、小さなスタートアップがBlockbusterにDVD郵送サービスのパートナーシップを提案しました。しかしBlockbusterはこれを拒否しました。そのスタートアップの名は「Netflix」です。
当時のBlockbusterは、全米に9,000以上の店舗を展開し、市場を支配していました。彼らのビジネスモデルは、「レイトフィー(延滞料)」に大きく依存していました。実際、2000年時点でBlockbusterの収益の約16%はこのレイトフィーだったのです。
一方、Netflixは「月額定額・延滞料なし」というモデルを提案しました。Blockbusterの経営陣はこれを「我々のビジネスモデルを破壊する」と判断し、提携を拒否したのです。
その後の展開は皆さんご存知の通りです。Netflixは成長し、やがてストリーミングサービスへと進化しました。一方、Blockbusterは2010年に破産申請をしました。
Blockbusterの教訓は、自社の既存ビジネスモデルに固執するあまり、顧客の消費行動の変化(より便利なサービスへの移行)を軽視したことにあります。新規事業においては、「顧客は何を求めているか」という視点を持ち続けることが不可欠です。
4. 社内の部門間の連携不足~ボーイング787の事例
新規事業の開発では、社内の様々な部門が関わります。しかし、それぞれの部門が「顧客視点」を共有していないと、最終的な製品やサービスは「顧客不在」になりがちです。
2004年に開発を発表したボーイング787は、当初2008年に就航予定でしたが、初就航は2011年と、3年も遅れたのです。さらに開発コストは当初予算を大幅に超過しました。
この遅延と予算超過の主な原因は、グローバルサプライチェーンの複雑さと部門間のコミュニケーション不足だったとのことです。ボーイングは787の開発において、従来よりも多くの部品を外部サプライヤーに委託しました。しかし、それぞれのサプライヤーが「顧客(航空会社)のニーズ」を十分に理解していなかったのです。
この事例が示すのは、新規事業開発においては「顧客視点」を組織全体で共有することの重要性です。特に複数の部門やサプライヤーが関わる大規模プロジェクトでは、この点が成功の鍵となります。
5. 仮説を検証せずに進める~Google Glassの事例
新規事業では、多くの「仮説」を立てながら進める必要があります。しかし、その仮説を適切に検証せずに突き進むと、顧客のニーズとかけ離れた製品が生まれます。
Google Glassは、当初「ウェアラブル技術の革命」と称され、大きな期待を集めました。しかし一般消費者向け版は発売から2年足らずで販売終了しました。現在は企業向け専用製品として残ってはいます。
Googleは、「人々は常時接続可能なARデバイスを欲している」という仮説を十分に検証しなかったのです。実際には、プライバシー懸念、「何のために使うのか」がわかりづらい、高すぎる価格設定などがあったと報道されています。
この事例が教えてくれるのは、新規事業開発においては「顧客がどう感じ、どう使うか」という視点を、早い段階から検証することの重要性です。
◾️ 「顧客不在」を防ぐための5つのアプローチ
「売り手目線」だけで進める新規事業は、GPSなしで未知の土地を旅する冒険家のようなものです。目的地(市場成功)に到達できるかどうかは運次第です。
「売り手目線」の新規事業が失敗する主な理由は:
- 市場調査、特にニーズの探り出しが不十分
- 製品中心のアプローチ
- 競合分析の不足
これらは、「我々は素晴らしい製品を作っているのだから、顧客は当然買うはずだ」という傲慢さから生まれます。しかし現実の市場はそれほど甘くないのです。
では、新規事業の立ち上げにおいて「顧客不在」を防ぐにはどうすればよいでしょうか?以下の5つのアプローチを紹介します。
1. 徹底的な市場調査
市場調査と聞くと、多くの経営者は「時間とコストがかかる」と考えます。しかし、不十分な市場理解のまま事業を進めるコストの方が遥かに高いのです。
効果的な市場調査には、「定量調査」と「定性調査」の両方が必要です:
- 定量調査:アンケート、市場データ分析など。「どれくらいの規模か」「どのようなトレンドがあるか」を把握します。
- 定性調査:インタビュー、フォーカスグループなど。「なぜそう思うのか」「どのような体験を求めているのか」を理解します。
特に新規事業では、公開データが少ないため、定性調査の重要性が高まります。「顧客の声を直接聞く」というシンプルな行為が、思わぬ洞察をもたらすことがあるのです。
2. 顧客インサイトを探る
市場調査の次のステップは、収集したデータから「顧客インサイト」を発見することです。
顧客インサイトとは、「顧客が表明していない潜在的ニーズや欲求」のことです。ヘンリー・フォードの有名な言葉があります。「もし顧客に何が欲しいか聞いていたら、彼らは"もっと速い馬"と答えただろう」
つまり、顧客は自分が本当に必要としているものを明確に表現できないことが多いのです。そこで重要になるのが、データの背後にある「なぜ?」を探ることです。
例えば、ある食品メーカーが「健康的なお菓子」の市場調査をしたところ、「カロリーが低いこと」を重視する声が多かったです。しかし、実際の購買行動を観察すると、「罪悪感なく食べられること」が本質的なニーズだと判明しました。これにより、単にカロリーを下げるだけでなく、「罪悪感フリー」というポジショニングで製品を開発し、大きな成功を収めたのです。
3. 仮説の設定と検証(プロトタイプとテスト)
顧客インサイトを基に、「こういう製品・サービスであれば顧客に価値を提供できるのではないか」という仮説を立てます。そして、その仮説を早期に検証することが重要です。
この段階で役立つのが「MVP(Minimum Viable Product:必要最低限の製品)」の考え方です。
完璧な製品を目指すのではなく、「仮説を検証するための最小限の機能」を持つプロトタイプ(=試作品)を作り、実際の顧客からフィードバックを得るのです。
例えば、ある家電メーカーは新しい調理家電の開発において、実際の製品開発前に3DプリンターでMVPを作成しました。機能しないダミーですが、サイズ感や使用感を確認するのに十分だったのです。このテストにより、当初想定していたサイズが「キッチンに置くには大きすぎる」ことが判明し、設計を見直すことができました。
4. フィードバックループの構築
新規事業の開発は一度きりのプロセスではなく、継続的な「仮説→検証→改善」のサイクルです。このサイクルを回すためには、顧客からのフィードバックを常に取り入れる仕組みが必要になります。
具体的なフィードバックループの例としては:
- ベータユーザープログラム(早期採用者から集中的にフィードバックを得る)
- カスタマーアドバイザリーボード(主要顧客からなる諮問委員会)
- 定期的なユーザーテスト
- 使用データの分析
特に重要なのは、「否定的なフィードバック」を歓迎する組織文化を作ることです。多くの企業では、ポジティブな声だけが上層部に届き、批判的な意見は途中で遮断されてしまいます。しかし、新規事業の改善に最も価値があるのは、むしろネガティブなフィードバックなのです。
5. チーム内での顧客視点の共有
最後に、そして最も重要なのは、組織全体で「顧客視点」を共有することです。
これには、以下のような取り組みが効果的です:
- 定期的な「顧客の声」共有会議
- 全部門の代表者を含む新規事業チームの編成
- 開発者・エンジニアの顧客訪問プログラム
- 「顧客ストーリー」の視覚化(オフィス内に掲示)
ある企業では、「開発エンジニアが四半期に1回は顧客と直接対話する」ルールを導入しました。当初は抵抗もありましたが、実施してみると「自分の技術が実際にどう使われているか」を理解することで、モチベーションが大きく向上しました。
さらに、顧客の使用環境を理解することで、技術的改善点も多数発見されたのです。
実際には以下のようなリストを作成して、自社の新規事業立ち上げの際のチェックポイントを確認・見える化するのが効果的です。
このチェックリストをPDF形式で差し上げます。以下の弊社問い合わせフォームからお申し込みください。
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◾️ 顧客中心の新規事業で成功確率を高める
新規事業の成功確率は決して高くありません。一般的に、新規事業の7割以上が失敗すると言われています。しかし、「顧客中心」のアプローチを徹底することで、その確率を大きく改善できるのです。
繰り返しになりますが、新規事業の失敗の多くは「顧客不在」に起因しています。自社の技術や製品に集中するあまり、顧客の本当のニーズを見失うことは、大企業も中小企業も同様に陥りやすい罠なのです。
この罠を避けるためには:
- 徹底的な市場調査
- 顧客インサイトの発見
- 仮説検証のためのプロトタイプとテスト
- 継続的なフィードバックループの構築
- 組織全体での顧客視点の共有
これらのステップを踏むことで、「売り手視点」ではなく「買い手視点」の新規事業開発が可能になります。
最後に、ピーター・ドラッカーの言葉を引用しましょう。「ビジネスの目的は、顧客を創造し維持することである」
新規事業開発においても、この原点に立ち返ることが成功への近道なのです。
このブログでは、マーケティングや営業に役立つ記事を掲載しています。 他の記事も読み、ビジネスの参考にしてください。
執筆者
家電メーカー、石油会社、大型車両メーカー、高機能フィルムメーカー、建築部品メーカーなどに、新規事業立ち上げ・ブランド構築のコンサルティングと、顧客視点の顧客文化にするマーケティング社員研修を提供。 2013年より2024年まで、関西学院大学 経営戦略研究科で教授を務める。
著書は「売れない問題 解決の公式」(日本経済新聞出版)など国内外で24冊。米国、台湾、香港など海外でも講演。テレビ、ラジオの出演や新聞・雑誌への寄稿も多数。YouTubeでも最新のマーケティング情報を発信中。 本名 児玉洋典
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