デザイン思考で新規事業を成功に導く3つの実践法〜AppleとP&Gの事例で解説

【中小企業経営者必見‼️】デザイン思考でイノベーションを生む3つの実践法

「これはいける!」と渾身の想いで出した新商品が、なぜか市場に受け入れられない。DX、DXって言うけど、一体どこから手をつけていいか分からない。新規事業のアイデアが、どうも煮詰まってしまう...。

多くの企業、特に日々現場で奮闘されている中小企業の経営者や担当者なら、一度はぶつかる大きな壁です。

コンサルタントとして企業を支援する中で、以下のような相談をいただきます。

  • 「新規事業立ち上げたいんだけど、いいアイデアが出ない...」
  • 「いけると思ってた新しいサービスが全然売れない...」

実は、AppleやP&Gといった世界的な企業が、新規事業立ち上げや製品開発の時に使っている、ある「考え方」があります。

それが「デザイン思考」です。

「デザイン思考なんて、デザイナーの特別なスキルでしょ?」「うちみたいな製造業には関係ないよ」...そう思うかもしれませんが、それはすごくもったいない誤解です。

デザイン思考は、体系化された理論ですが、根っこは「お客様=ユーザー」に寄り添う考え方です。だからこそ、資源が限られている中小企業にとっても、パワフルな武器になるのです。

この記事では、現場ですぐに使える3つの具体的なデザイン思考のテクニックを、製造業の成功事例を交えながら、分かりやすく解説していきます。



そもそも「デザイン思考」とは何か?

まず「デザイン思考」について、基本を簡単におさらいしていきます。

イノベーションのためのデザイン思考とは.png

デザイン思考と聞くと、製品の見た目をカッコよくする、いわゆる意匠デザインをイメージする方が多いかもしれませんが、それとは全くの別物です。

デザイン思考とは、
「ユーザーになりきって、お客さん自身も気づいていない"本当の課題"を見つけ出し、解決策を考える思考プロセス」
のことです。

名医が問診をしてくれるようなもので、患者さんが「お腹が痛い」と訴えても、すぐに胃薬を出すわけではありません。熱を測ったり、話を聞いたりして、「本当の原因はストレスかもしれませんね」と、本人も気づいていない根本原因を探り当てます。デザイン思考とは、顧客にとっての「ビジネスの名医」になることなのです。

これまでのビジネスが、市場データや競合分析といった「答えありき」で考えるロジカルシンキングが中心だったとすれば、デザイン思考はそれとは逆のアプローチを取ります。

デザイン思考は、データではなくユーザーへの「共感」からスタートします。ユーザーが何に困り、何に喜び、何を求めているのか。その心の奥にある、言葉にならないニーズを探り当てるところから、すべてを始めるのです。

デザイン思考は、スタンフォード大学のd.schoolが、人間中心(ヒューマン・センタード)の課題解決手法として世界へ広めた考え方で、5つのプロセスで説明されます。

  1. 共感(Empathize): ユーザーの体験や気持ちに寄り添ってじっくり観察します
  2. 問題定義(Define): そこから見つけた発見をもとに、ユーザーが持っている「本当の課題」をハッキリさせます
  3. 創造(Ideate): 定義した課題に対して、常識は一旦忘れて、自由にアイデアを出します
  4. 試作(Prototype): アイデアを、実際に触れる「試作品」にしてみます
  5. テスト(Test): 試作品をユーザーに使ってもらい、意見を聞いて改善を繰り返します

この5つのステップは、一方通行ではありません。粘土で彫刻を作るように、土を盛っては削り、形を整え、また少し離れて眺めてみる...というように、行ったり来たりしながら、アイデアの精度をグングン高めていくわけです。

日本の中小製造業の現場でも、知らず知らずのうちに、このプロセスの一部を実践していることも多いのです。それを意識して、戦略的に使うための3つの具体的な手法に絞って解説していきます。


手法1:"共感"から始めるユーザー観察

デザイン思考の事例.png

今すぐ使えるデザイン思考法、その1つ目は「"共感"から始めるユーザー観察」です。

イノベーションのヒントは、会議室の中には転がっていません。それはいつも「現場」、つまりあなたのお客さんや、製品を実際に使うエンドユーザーのもとにあります。

多くの企業が顧客の声を聞くためにアンケートやヒアリングを行いますが、デザイン思考の「共感」は、そこからもう一歩深く踏み込みます。

ドラマの刑事の現場検証でも、証人の証言を鵜呑みにするだけじゃなくて、現場に足を運び、足跡や指紋などの「言葉にならない証拠」から、事件の真相に迫りますよね。

同じように、ユーザーが話す言葉の裏にある「なぜ?」を、行動の観察から深く掘り下げるのです。なぜユーザーはこんな行動をとるのか?どんな時に不便で、どんな瞬間に嬉しいのか?徹底的にユーザーになりきって、その状況をあなたが自分で体験するイメージです。

【AppleのiPodの事例】

この手法で大成功したのが、ご存知、AppleのiPodです。

iPodが生まれる前、みんなCDプレイヤーで音楽を聴いていましたよね。もしAppleが単純に「今の音楽プレイヤーに何を求めますか?」なんてアンケートを取っていたら、「もっと軽くしてほしい」「電池を長持ちさせて」といった、今ある製品の延長線上の答えしか返ってこなかったはずです。

しかし、Appleの開発チームは違いました。ユーザーが音楽を手に入れてから聴くまで、その「全プロセス」をじっくり観察したのです。そして、CDを買って、PCに取り込んで、プレイヤーに転送して...という一連の作業が、いかに「面倒」でユーザー体験を邪魔しているか、という本質的な課題を見つけ出しました。この「共感」から、「すべての音楽をポケットに入れて持ち運ぶ」という、あの革新的なコンセプトが生まれたのです。

参照元資料:

  • 「Design Thinking Case Study: Innovation at Apple」
  • 「Design Thinking and Innovation at Apple(Harvard Business Reviewケース)」

【中小企業での生かし方】

これを中小企業の製造業でどう活かせばいいのでしょうか?

例えば、あなたがBtoBの部品メーカーだとします。納品先の工場へ行って、作業員の人が自社の部品をどう扱っているか、その場でじっくり観察させてもらうのです。

地図を眺めているだけでは分からない、土地の起伏やぬかるみが、実際に歩いてみて初めて分かるように、部品の梱包がやたら解きにくくて地味にイライラさせている、といった課題は、現場でしか見えません。

あるいは、部品を取り付ける時に特殊な工具が必要で、その持ち替えに無駄な時間がかかっているかもしれません。これは、自社のオフィスにいたら絶対に気づけない「生きた課題」です。

社内に目を向けるのも、すごく重要です。自社の工場の作業員が、日々どんな「やりにくさ」を感じているか。彼らの動きや手順を観察し、「ここが不便なんだよな」という声に本気で耳を傾けることで、画期的な生産効率の改善や、新しい工具開発のヒントが見つけるのです。

まず始めるべきは、顧客や現場の担当者に「あなたの仕事、ちょっと見せてもらえませんか?」とお願いしてみることです。そこから、すべてが動き出します。


手法2:アイデアの『可視化』とプロトタイピング

2つ目の手法は、「アイデアの『見える化』と試作づくり」です。

ユーザーを観察して本当の課題が見つかったら、次は解決策のアイデアを形にするのです。ここでとても重要なのが、いきなり完璧を目指さないことです。「百聞は一見にしかず」と言いますが、デザイン思考では「百見は"一触"にしかず」。とにかく触れるモノにすることが大事です。

プロトタイピング、つまり「試作品」作りは、頭の中のアイデアを、他の人にも見せたり触ったりできる具体的な形に落とし込む作業です。

これは、家を建てる時の「簡単なスケッチ」のようなものです。いきなり完璧な設計図を描いて資材を発注するのではなくて、まずは鉛筆でラフな間取りを描いてみる。スケッチの線なら消しゴムで簡単に修正できますが、一度建ててしまった壁を動かすのは大変ですよね。プロトタイプは、いわばアイデアの「試し書き」をするのです。

習字の授業で、本番の清書用紙にいきなり筆を入れる前に、練習用の紙に書いてみるみたいな感じです。そうすれば、墨が滲んでも、字が曲がっても、気にせずどんどん試せます。これは、アイデア段階の「消せる線」であり、失敗のコストを劇的に下げてくれるのです。

【P&Gの事例】

このプロトタイピングとテストを徹底しているのが、世界最大の消費財メーカー、P&Gです。P&Gには「Consumer is Boss(お客様こそがボスである)」という哲学があり、徹底したユーザー視点で製品開発をしています。例えば、新しい紙おむつを開発するなら、何種類も試作品を作って、実際にたくさんの親子に使ってもらいます。

そして、お母さんがどうやっておむつを替えるか、赤ちゃんがどんな表情をするかまで細かく観察し、そのフィードバックを元に、何度も何度も改良を重ねます。

参照元資料:

  • 「Design Thinking @ P&G's Swiffer Series」

【中小企業での活用事例】

この「まず作ってみる」という姿勢は、リスクを抑えつつイノベーションを目指す中小の製造業メーカーにとってかなり効果的です。

例えば、あなたが部品メーカーで、得意先の企業から「現場作業効率を高める新しい部品や治具が欲しい」というリクエストがあったとします。通常は、設計チームが綿密な図面を描いて、金属加工して本格的な試作品を、時間とコストをかけて作りますよね。

でも、デザイン思考のアプローチだと、まず段ボールや木材、3Dプリンターで、ほんの数時間で簡単なプロトタイプを作ります。それをすぐに得意先の現場担当者に試してもらい、「部品の形状が手になじまない」「この角度だと作業しにくい」など現場目線のフィードバックを直接受け取ります。

この「作って→試して→直す」のサイクルを高い頻度で素早く回すことで、大きな投資をしてから「実は使えなかった...」という事態を避けることができます。

アイデアを素早く形にして、実際に使われる現場でテストすることで、短期間で最適な製品に磨き上げるというイメージです。


手法3:反復的な『テスト』と改善(イテレーション)

そして3つ目の手法が、「『テスト』と改善の繰り返し」、いわゆる「イテレーション」です。

先ほどの試作品を実際のお客さんや現場で使ってもらって、出てきた意見を元に何度も改良を繰り返すのです。

ここが、デザイン思考の心臓部なのです。ここで一番大事なのは「失敗を恐れない」マインドです。むしろ、「早く、小さく失敗すること」が実は大事なのです。

なぜなら、早い段階の失敗は、致命傷になる前に修正できる「最高の学び」だからです。

「予防接種」みたいなもの、本物のウイルスに感染する前に、ワクチンで体を慣らしておくように、試作品段階での小さな失敗は、市場という本番で大失敗しないための「免疫」を付けるのです。コストも時間も最小限で済みます。

このイテレーションの考え方は、日本の製造業がもともと得意としてきた「カイゼン」活動と、すごく相性がいいのです。

スポーツ選手のトレーニングと同じで、いきなり自己ベストを更新しようとするのではなく、毎日の練習で少しずつフォームを修正し、筋肉を育てていく。その地道な積み重ねが、やがて大きな成果に繋がるように、生産ラインだけでなく、製品開発やサービス開発のプロセスにも応用してみるのです。

【中小企業での活用事例】

先ほどの治具開発の例で考えてみましょう。段ボールの試作品でフィードバックをもらったら、次は3Dプリンターでちょっと精度の高いモデルを作ってみる。それをまた数日間、現場で試してもらい、新しい課題を洗い出す。そうこうしているうちに、もしかしたら、治具の形そのものより、それを置いておく「場所」や「置き方」に問題の本質があった、という発見を見つけていくのです。

このように、テストと改善を繰り返すことで、製品やサービスは、ユーザーの本当のニーズにピッタリ合う形に、少しずつ、でも着実に磨かれていきます。

しかもこのプロセスは、顧客との関係を深める上でも絶大な効果があります。この「共創」のプロセスを通じて、お客さんは単なる買い手ではなく、完成した製品の誰より熱心なファンであり、最高の宣伝部長になってくれます。


まとめ:イノベーションは才能ではなく技術

今回は、中小企業こそ今すぐ実践すべき、イノベーションを生むデザイン思考法として、3つの具体的なテクニックをご紹介しました。

  • 一つ目は、「『共感』から始めるユーザー観察」。 机の前でウンウン唸るのをやめて、まず現場へ行く。顧客が言葉にしない"本当の課題"を見つけ出すことです。
  • 二つ目は、「アイデアの『可視化』とプロトタイピング」。 完璧な計画書より、まずは不格好でも触れる試作品を。アイデアを素早く形にして、具体的な意見をもらうことです。
  • 三つ目は、「反復的な『テスト』と改善(イテレーション)」。 失敗は学びと捉えて、テストと改善のサイクルを高速で回す。リスクを最小限に抑えながら完成度を高めていくことです。

この3つは、バラバラではなく、すべて繋がっています。共感から課題を見つけ、プロトタイプで試し、テストで改善する。このサイクルを回し続けることこそが、AppleやP&Gのような大企業でなくても、あなたの会社にイノベーションをもたらす、確かな道筋なのです。

「うちにはそんな時間も人もいないよ...」と思われるかもしれません。でも、そんなに難しく考えなくて大丈夫です。まずはこの3つのうち、たった一つでいいので、あなたの現場で試してみてください。

例えば、来週、一番の得意先を訪問した時に、「ほんの少しだけ、皆さんの仕事の様子を見学させていただけませんか?」とお願いしてみる。それだけでも、今までとは全く違う景色が見えてくるはずです。

イノベーションは、どこかの天才が生み出す魔法ではありません。ユーザーを深く理解しようとする真摯な姿勢と、地道なプロセスの先にこそ、生まれてくるものなのです。

私もコンサルタントとして多くの企業を支援する中で、このデザイン思考のアプローチを実践した企業が、次々と画期的な成果を上げているのを目の当たりにしています。変化の激しい今のAI時代を生き抜くには、勘・経験・度胸の「KKD経営」から脱却し、このような逆転の発想が必要なのです。

ぜひ、皆さんの現場でもデザイン思考を実践し、お客様に愛される商品・サービスを生み出していただければと思います。

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執筆者

マーケティングアイズ株式会社 代表取締役 理央 周(りおう めぐる)
家電メーカー、石油会社、大型車両メーカー、高機能フィルムメーカー、建築部品メーカーなどに、新規事業立ち上げ・ブランド構築のコンサルティングと、顧客視点の顧客文化にするマーケティング社員研修を提供。 2013年より2024年まで、関西学院大学 経営戦略研究科で教授を務める。
著書は「売れない問題 解決の公式」(日本経済新聞出版)など国内外で24冊。米国、台湾、香港など海外でも講演。テレビ、ラジオの出演や新聞・雑誌への寄稿も多数。YouTubeでも最新のマーケティング情報を発信中。 本名 児玉洋典 

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