マーケティング的ジョブ理論 実務活用を徹底解説

【経営者必見】顧客に選ばれるには、差別化ポイントの言語化が必要。ジョブ理論のマーケティング活用を事例を用いて解説しています。
目次
なぜ、あなたの「いい商品」は売れないのか?
読者のあなたは、こんな疑問や悩みを抱いたことはありませんか?
- 「なぜ、あの機能的には大したことない商品が、爆発的に売れているんだろう?」
- 「うちは本当にいい商品を作っているのに、なぜか顧客に響かない...」
多くの企業が「より良いもの」「より高性能なもの」を作ろうと努力しています。しかし、残念ながら、"いいもの"を作るだけでは売れない時代はとっくに終わっています。
この現実の裏側にある本質を知らずに、カタログのスペックを磨き続けるのは、的外れな努力と言わざるを得ません。
なぜなら、お客さんは商品そのものを買っているわけじゃないからです。
顧客が本当に買っているのは、商品を手に入れた先に、自分が達成したい「進歩」です。自分の人生や仕事が、今より少しでも良くなる未来、その"変化"に対して、彼らは対価を支払っているのです。
この顧客の深層心理と行動を、マーケティングとイノベーションの設計図として体系化したのが、今日のテーマである「ジョブ理論(Jobs to be Done: JTBD)」です。
ジョブ理論は、あなたのマーケティング、商品開発、そして営業の視点を根底から覆し、「どうやって売るか」ではなく「どうすれば顧客に選ばれるか」という、ビジネスの本質的な問いへの答えを与えてくれます。
ジョブ理論とは何か?「ドリル」と「ミルクシェイク」が教える真実
ジョブ理論は、イノベーションの大家であり、ハーバード・ビジネススクールの故クレイトン・クリステンセン教授によって提唱されました。
「人々は商品を"買う"のではなく、仕事を"片づけるために雇う"(Hire)。」
セオドア・レビット博士が、著書"マーケティング発想法"で解説した、「ドリルを買う人の話」は、あまりにも有名です。
顧客は本当にドリルが欲しいわけではありません。彼らがドリルを「雇用」するのは、「壁に穴をあけたい」というジョブを片付けたいからです。
しかし、ジョブ理論は、そこからもう一歩深く踏み込みます。
「穴をあけたい」というのも、実は単なる手段です。その先にあるのは、「棚をつけて部屋を整えたい」「家族と快適に、機能的に過ごしたい」という、顧客の人生におけるより大きな"進歩"への願いです。
ジョブ理論の核心:因果関係に着目せよ
従来のマーケティングは、顧客を属性(デモグラフィックス)で分類しました。「40代女性」「都心在住のビジネスパーソン」といった相関関係に注目し、「こういう属性の人は、多分こういう商品が好きだろう」と推測していました。
これに対し、ジョブ理論が着目するのは**因果関係**です。
ジョブ理論における「ジョブ」とは、単なる「用事」や「タスク」ではありません。
ジョブの定義:「ある特定の状況で、人が実現したいと考える進歩」
顧客は、自分の人生や仕事において一歩前進したい、何かをより良くしたいという「目的(原因)」を持っています。その目的を解決してくれる手段として、あなたの製品やサービスを"従業員"として「雇用(ハイア)」する。これがジョブ理論の基本的な枠組みです。
この視点の転換こそが、イノベーションを生む鍵であり、私たちがマーケティングの設計図を書き換えるべき理由です。
ミルクシェイクの事例が示す「状況(コンテクスト)の力」
ジョブ理論を象徴する事例としてこの本に記載されているのが、ファストフード店での「ミルクシェイク」の販売データ分析です。
機能的に考えれば、もっと安価で、もっと早く、もっと簡単に空腹を満たせる飲み物や食べ物はたくさんあります。にもかかわらず、なぜ朝の通勤時間帯に、あのドロッとしたミルクシェイクがよく売れるのか?マーケターにとっては謎でした。
顧客への徹底的なインタビューの結果、彼らがミルクシェイクを「雇用」していた真のジョブが判明しました。
それは、「長い通勤時間の退屈しのぎを、最後までゆっくり片付けたい」だったのです。
- コーヒー:すぐに飲み終わってしまう。ジョブを片付けられない。
- バナナ:ゴミが出る。運転中に手間がかかる。
- ミルクシェイク:ドロッとしていて飲むのに時間がかかる。片手で扱える。退屈を長く紛らわせる。
この事例が教えるのは、競合は必ずしも同カテゴリーから現れるわけではないということ。そして、「状況(コンテクスト)がすべて」であるということです。顧客は、その時の状況に最も適した解決策を「雇用」するのです。
顧客の行動を読み解く「3つのジョブ」
ジョブには、単なる機能的な側面だけでなく、人間的な深い側面が潜んでいます。ジョブ理論では、顧客の行動を以下の3つの側面から構造化して捉えます。
| ジョブの種類 | 定義 | 顧客が求めているもの |
|---|---|---|
| 1. 機能的ジョブ | 何を実現したいか | 空腹を満たす、書類を整理する、移動する |
| 2. 感情的ジョブ | どんな気分でいたいか | 不安から解放されたい、リラックスしたい、自分の判断に安心したい |
| 3. 社会的ジョブ | どう見られたいか | 周囲から賢い人間だと思われたい、ステータスを示したい、成功者と認知されたい |
イノベーションの種は「感情的・社会的ジョブ」にある
機能的なジョブ、例えば「速く移動する」「大容量のデータを保存する」といった側面は、技術が進歩すれば**すぐに真似されてしまいます**。ここで差別化を図り続けるのは、体力勝負に他なりません。
真のイノベーションを起こし、顧客が**プレミアム価格を払ってでも「雇用したい」**と思わせる製品・サービスを生み出すには、**感情的・社会的ジョブ**に深くフォーカスすることが不可欠です。
- Uberの事例:Uberが解決したのは、単なる「移動」という機能的ジョブだけではありません。「いつ来るか分からない不安」や「支払いの煩雑さ」といったストレスをなくしたいという感情的ジョブ、「テクノロジーを使いこなしている」というスマートさを求める社会的ジョブを解決しました。
- スターバックスの事例:顧客はただのコーヒーを飲みに行くのではありません。「家庭でも職場でもない"第三の場所"を得たい」「短時間でも自分をリセットし、生産的になった気分になりたい」という感情的ジョブを解決しているからこそ、高価なコーヒーが成立するのです。
つまり、お客さんが本当に求めているのは、機能の羅列ではなく、自分自身の「変化(進歩)」なんです。ジョブ理論とは、顧客の"進歩"を設計するための、最も強力なマーケティング理論と言えるでしょう。
実務への応用:今日から使えるジョブ理論の3原則
この強力なジョブ理論を、日々のビジネスにどう落とし込むべきか?そのための実践的な3つの原則をお話しします。
1. 状況(コンテクスト)がすべて
繰り返しになりますが、私たちは「顧客が誰か(属性)」ではなく、**「どんな状況で、何を成し遂げたいか(ジョブ)」**にフォーカスを切り替えなければなりません。
同じ「コーヒー」でも...
- 状況A:「残業中、眠気を覚まして、もう一踏ん張り頑張りたい」
- 求められるジョブ:機能性(カフェイン量)、即効性、手軽さ。
- 状況B:「休日の朝、本を読みながら、自分をリラックスさせたい」
- 求められるジョブ:感情性(香り、居心地の良さ)、社会的ジョブ(洗練された暮らしを演出)。
状況が変われば、顧客が「雇用」するジョブは全くの別物になります。提供すべき製品、サービス、そしてコミュニケーションも、状況に合わせて変える必要があります。
2. 競合はカテゴリーを超えて現れる
ジョブの視点を持つと、**真の競争相手**が明確になります。
映画館の真の競合は、他の映画館だけではありません。もし顧客のジョブが「家族や友人と、週末に楽しい時間を過ごしたい」であれば、そのジョブを片付ける代替手段すべてが競合になります。
- NetflixやAmazon Prime Video
- Nintendo SwitchやPlayStation
- 人気のテーマパークやレストラン
これらの「代替手段」に対する顧客の不満や諦め(片づいていないジョブ)を見つけることが、新しいイノベーションのチャンスになります。
3. 片づいていないジョブを探せ(最大のチャンス)
ジョブ理論の核心にして、最もビジネスチャンスが眠る場所です。
既存の解決策(製品やサービス)を顧客が使っているにもかかわらず、**「仕方なく使っている」「もっとこうなればいいのに」「この部分だけは我慢している」**と感じている部分はないでしょうか?
この顧客の「もがき」や「諦め」こそが、「片づいていないジョブ」であり、顧客が「プレミアム価格を払ってでも、これを解決したい」と思っている大きなヒントです。
運任せではなく、ジョブ理論でこの「片づいていないジョブ」を特定することで、イノベーションを予測可能にすることができるのです。
BtoBとマーケティング設計への応用事例
ジョブ理論は、一般消費者向けのBtoCだけでなく、BtoBビジネスにおいても絶大な力を発揮します。
(1)BtoBにおける「二層構造」のジョブを理解する
製造業の営業を例にとってみましょう。あなたが最新の機械を提案する際、お客様は本当にその機械が欲しいのでしょうか?
BtoBでは、決定に関わる人が複数いるため、顧客の中に「二層構造」のジョブが存在します。
- 購買担当者・現場担当者のジョブ:
- 「不良率を下げたい」「納期遅延というミスを起こしたくない」「失敗しないこと」
- つまり、リスクを減らすという感情的・社会的ジョブが非常に大きい。
- 経営層・役員層のジョブ:
- 「利益構造を抜本的に変えたい」「競合に対する圧倒的な優位性を確立したい」
- つまり、会社の進歩に関わる、より高次の機能的・社会的ジョブを片付けたい。
もしあなたが「この機械はスペックがすごいです!」と語るだけでは、どのジョブにも響きません。なぜなら、顧客が欲しいのは「すごい製品」ではなく、「進歩」だからです。
- 経営層向け:「この機械は、貴社の利益率を○%改善し、業界での競争優位性をどう変えるか」
- 購買担当者向け:「この機械は、現場のリスクと失敗の可能性をゼロにし、あなたの評価をどう高められるか」
このように、それぞれのジョブを理解し、彼らの「進歩」に直結する言葉で語れない限り、高額なBtoB製品は選ばれないのです。
(2)マーケティングの打ち手を「進歩の物語」に変える
ジョブ理論を適用すると、マーケティング活動の打ち手が一変します。
| 従来の打ち手(機能・スペック) | ジョブ理論に基づく打ち手(進歩・変化) |
|---|---|
| Webサイト:機能一覧とスペック表を並べる | Webサイト:顧客がその製品でどう「もがき」から解放され、どう「進歩」できるかのストーリーを描く |
| 営業資料:競合との詳細なスペック比較 | 営業資料:顧客の「片づけたいジョブ」を特定し、「成果の変化の物語」として提示する |
| SNS発信:「当社はこんな新製品を出しました」 | SNS発信:「顧客が抱える●●な不安を、当社製品がどう解消し、どんな自分になれるか」を発信する |
この発想の転換こそが、「モノを売る」から「価値を伝え、選ばれる」への、最初にして最大のステップです。
顧客の「ジョブ」を見つける3つのステップ:ドキュメンタリー監督になれ
顧客の表面的な要望(顕在ニーズ:「もっと安く」「もっと速く」)は、天気予報のようなものです。その裏にある真の動機(ジョブ)は、その天気の裏側にある気圧配置、つまり**因果関係**です。
ここでは、その因果関係を深く掘り下げるための具体的な3つのステップを伝授します。
ステップ1:顧客を「雇用主」として観察する(行動観察)
顧客があなたの製品や代替品を「雇用」する前後の行動と状況を、徹底的に観察します。彼らの行動は、言葉よりも真実を語るからです。
- 購入・雇用の瞬間:いつ、どこで、誰と、どんな気分で「雇用」を決めたのか?
- 代替行動:その製品がないとき、顧客は代わりに何を「雇用」し、ジョブを片付けようとしていたか?(競合は他製品とは限らないことを思い出す)
- 「もがき」の兆候:「使っているが、仕方なく使っている」という、妥協の状況こそが、差別化の種です。
ステップ2:文脈を掘り下げる「ドキュメンタリー監督」インタビュー
単なる満足度調査や、欲しい機能のヒアリングでは、表面的な回答しか得られません。私たちは、顧客の過去の「購買・雇用」の経験を、あたかも映画のドキュメンタリーを撮るかのように、深く、**因果関係**を求めて掘り下げていきます。
以下の4つの質問カテゴリを軸に、「なぜ?」を5回繰り返す気持ちで、顧客の感情を追体験してください。
- 状況(コンテクスト):「その商品を買おうと決めた直前、何が起きていましたか?」「その時、どこにいて、どんな気持ちでしたか?」
- 機能的/感情的ジョブのきっかけ
- もがき/障壁:「それを解決するために、以前どんな方法を試して、なぜうまくいかなかったのですか?」
- 片づいていないジョブの特定
- 成果(進歩):「その商品のおかげで、以前と比べて、どんな良い変化がありましたか?」「最も嬉しかったのは、どの瞬間ですか?」
- 顧客が求めた真の進歩
- 感情的/社会的側面:「その製品を持っていることで、周りの人からはどう見られたいですか?」「それを買うことで、どんな自分になりたいと思いましたか?」
- 感情的/社会的ジョブの明確化
ポイント: 顧客が「なぜそれが重要なのか?」という問いに、心底から納得できる答えを出すまで、表面的な回答の裏にある真の動機を突き止めましょう。
ステップ3:ジョブの定義と構造化(機能・感情・社会)
収集した顧客のストーリーという名の「生きた事実」から、顧客のジョブを明確な形に定義し、構造化します。
- 機能的ジョブ:「Aという状況でBというタスクを片付ける。」
- 感情的ジョブ:「そのプロセスや結果を通じて、Cという気分になりたい/安心したい。」
- 社会的ジョブ:「その結果、Dという形で周りから認知されたい。」
この3つの側面を組み合わせた「ジョブ・ストーリー」として記述することで、初めてイノベーションの種、つまり「片づいていないジョブ」に対する新たな解決策が見つかります。
| 事例:ミルクシェイクのジョブの構造化 | |
|---|---|
| 機能的ジョブ | 朝の通勤中に空腹を満たしたい。 |
| 感情的ジョブ | 単調な通勤時間に、「何か楽しいことが起きている」と感じ、退屈から解放されたい。 |
| 社会的ジョブ | (この事例では控えめだが)運転中に片手でスマートに飲み物を摂取している自分でありたい。 |
| 真のジョブ | 「長い通勤時間の退屈を、片手で時間をかけて楽しめる方法で解消したい」 |
選ばれる会社になるための視点の転換
今日の話の核心を、もう一度繰り返します。
ジョブ理論の本質は、「お客さんの進歩を助けることが、あなたのビジネスの真の目的だ」ということです。
多くの企業は、どうしても「自社の強み」(どんな製品が作れるか、どんな技術があるか)から話を始めてしまいます。しかし、マーケットで成功している会社は、まったく逆のアプローチをとっています。
彼らは、「お客が求める進歩」から逆算して、その進歩を最もよく実現できる方法(=自社の強み)を当てはめているのです。
この視点を持つだけで、あなたの営業トークも、商品開発の設計図も、マーケティング戦略も、根本的に変わります。
最後に、私が好きなこの言葉を贈ります。
顧客のジョブを理解したとき、マーケティングは「売る」から「選ばれる」に変わる。
あなたのビジネスが、真に顧客に「雇用される」存在となるための、第一歩を踏み出してください。
◾️ 執筆者
このブログでは、マーケティングや営業に役立つ記事を掲載しています。 他の記事も読み、ビジネスの参考にしてください。
執筆者
家電メーカー、石油会社、大型車両メーカー、高機能フィルムメーカー、建築部品メーカーなどに、新規事業立ち上げ・ブランド構築のコンサルティングと、顧客視点の顧客文化にするマーケティング社員研修を提供。 2013年より2024年まで、関西学院大学 経営戦略研究科で教授を務める。
著書は「売れない問題 解決の公式」(日本経済新聞出版)など国内外で24冊。米国、台湾、香港など海外でも講演。テレビ、ラジオの出演や新聞・雑誌への寄稿も多数。YouTubeでも最新のマーケティング情報を発信中。 本名 児玉洋典
マーケティングを自社に取り入れたい、営業チームを活性化したい、新しいビジネスを軌道に乗せたいなど、この記事やマーケティングについて知りたいこと、聞いてみたいことは、マーケティングアイズ株式会社のフォームからお気軽にどうぞ(以下をクリックください)
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