顧客目線と企業目線のズレを解消:「売れない」を解決するBtoB営業組織の作り方

「売れない」は製品でも営業でもなく、"目線のズレ"で起きる
---- 顧客目線×企業目線を組織で回す方法
「技術は抜群なのに、なぜか売れない...」
「要望には応えているのに、最後のひと押しで競合に負ける...」
私が、マーケティングの現場で何度も見てきた光景です。35年以上、メーカー・流通・IT・BtoBサービスの現場で伴走してきて、確信していることがあります。
売れない理由の多くは"製品の弱さ"や"営業力不足"ではない。
原因はシンプルで、顧客目線と企業目線の"バランス崩壊"です。
本記事では、この2つの視点をどう使い分け、しかも組織として再現性を持って回すのかを、具体策と事例で解説します。あなたの会社で「売れる技術」と「勝てる営業」を同時に成立させるための、実務の手順が手に入れてください。
第1章 2つの視点を正しく定義する
まず定義をそろえましょう。ここがズレると、会議が永遠にかみ合いません。
顧客目線とは?
「顧客にとって何ができるか?」を起点に考える視点。
"ジョブ(やりたいこと・片付けたい用事)"
"ゲイン(得たいもの)""ペイン(避けたいこと)"
を言語化し、価値の設計を行います。
- 代表的なゲイン例:
「処理時間を30%短縮したい」「属人化を減らして再現性を上げたい」「在庫リスクを抑えたい」 - 代表的なペイン例:
「導入が面倒」「操作が難しい」「社内承認が通りにくい」
順番は顧客のジョブ→ゲイン/ペイン→解決設計(自社の強みを"当てる")です。ここを飛ばして「機能一覧」から入ると、だいたい価格競争になります。
企業目線とは?
「自社の技術で何ができるか?」を起点に考える視点。
独自技術・資産・知見を磨き、応用の幅と優位性を広げます。
- 代表的な問い:
「この画像認識、ほかの工程にも展開できる?」
「この素材、もっと薄く・軽く・強くできないか?」
「このアルゴリズム、クラウドで常時学習にしたら優位性が続くか?」
どちらも正しい。ただし、どちらかに寄り切ると失速します。顧客目線だけだと"御用聞き化"、企業目線だけだと"独りよがり化"。ここに、売れない本質があります。
第2章 メリット・デメリットと"両立"という設計思想
「顧客目線」と「企業目線」についての、効き目(メリット)と副作用(デメリット)を比較します。両者はどちらも正しいのですが、片方に偏るリスクが上がります。
この"ジレンマ"を解くためにも、それぞれの良さとデメリットを把握しておくことが重要です。
顧客目線のメリット
- ニーズが確実/失注理由が明確になる
- 顧客満足が高まり、導入障壁が下がる
- 受注の見通しが立ちやすい
顧客目線のデメリット
- 価格競争に陥りやすい
- 技術の独自性が埋もれる
- 言いなり対応で利益率が沈む
企業目線のメリット
- 独自性・差別化が生まれる
- 高い利益率を確保しやすい
- 技術優位が継続しやすい(参入障壁)
企業目線のデメリット
- 市場ニーズとのズレが起きやすい
- 使いにくい製品になりがち
- 価値が伝わりにくく、導入が伸びない
解決は"両立設計"です。そのためには、以下のようなアプローチが向いています。
- 顧客目線でニーズをつかみ、企業目線で差別化する。
- 企業目線で技術優位をつくり、顧客目線で使いやすさを仕上げる。
- 短期の要望対応(顧客)×長期の技術投資(企業)を両輪で動かす。
これにより、「売れる技術」×「勝てる営業」が同時に成立します。
第3章 部門別:最適"目線比率"と役割
「どちらの視点も持て」と言われても、部門ごとに"最適比率"が違う、というのが現実です。マーケ・営業・技術の3部門について、顧客目線と企業目線の、理想的な配分について事例を上げていきます。
以下を参考に、社内での"基準"を持ち、衝突することなく、早くて正確な意思決定を目指すことが肝要です。さらに、マーケティング部門が戦略設計者/翻訳者/橋渡し役として、サイロ化を解消する運用の土台を作ることが理想的です。
以下が、部門別の顧客目線と企業目線の配分の事例です。
- マーケティング:顧客60%/企業40%(=60/40)
- 市場全体を俯瞰して戦略設計
- 顧客のジョブ/ゲイン/ペインと自社技術の交差点を特定
- セグメント別の"勝ち筋"を地図化(誰に、何を、どうやって伝えるか)
- 営業:顧客70%/企業30%
- アカウントごとにジョブ/ゲイン/ペインを定量で深掘り
- 「実はこんな提案もできます」という企業目線の伸びしろも提示
- 商談ドキュメントは"顧客側の資料"で作る(成果の絵→手段の順)
- 技術:企業60%/顧客40%
- コア技術の磨き込み・横展開の探索
- 顧客の本質ニーズを理解し、過度なスペック志向を回避
- マーケ・営業と二方向の往復で、仕様を最適化
マーケは"広告係"や"リサーチャー"ではなく、戦略設計者・翻訳者・橋渡し役
- 戦略立案:2つの視点を統合して、市場戦略→事業戦略→製品戦略へとブレイクダウン
- 翻訳機能:
- 顧客の"言葉"を、技術が動ける要件へ翻訳
- 技術の"発見"を、顧客が理解できる価値へ翻訳
- 橋渡し:
- 営業の現場知を最短で技術へ
- 技術の新発見を使える提案へ落とし込む
マーケが機能しないと、情報はサイロ化し、せっかくの技術も顧客理解も、売上につながりません。
第4章 組織に埋め込むオペレーティング・ループ
視点は「意識」だけでは続きません。仕組みに落として初めて、継続できるのです。が現場でよく導入するのは、次の3点セットです。
1)二枚の資料ルール(価値→機能)
- 1枚目(顧客視点):導入後の成果の絵(時間短縮、欠品率、原価改善、意思決定の速度など)
- 2枚目(企業視点):成果を実現する機能・技術・運用の裏付け
先に価値、後から機能。順番を守ると、価格の話が最後になります。
2)逆ブリーフ(営業→技術への要件化)
営業は"要望"ではなく「成果条件」で渡す。
例:「A作業の平均処理時間を15分→7分」「導入1か月以内にオンボーディング完了率90%」「属人化工程を3→1へ」。
技術はその条件を満たす最軽量の解を設計。足す前に減らすが鉄則。
3)デュアルビュー会議(顧客/企業の二画面)
週次30分の短い会議。同じ案件を"2つのレンズ"で見るだけ。
- 顧客ビュー:ジョブ/ゲイン/ペイン、導入後のKPI
- 企業ビュー:差別化要素、汎用化の可能性、スケール条件
意思決定が速くなるだけでなく、学習が組織知になります。
第5章 ケース:BtoBサービスの新規立ち上げ
ある中堅メーカーでは、新しい保守のサブスクモデルを立ち上げたのですが、なかなか営業の初速が出ませんでした。
調査の結果、原因は「機能説明の分厚いカタログ」と「価格表」を前面に押していたが、顧客が今一つ乗ってきませんでした。以下に、その時の打ち手を解説します。
- ジョブの再定義
「機器を止めない」「現場担当の精神的負担を減らす」「経営は保守費を予算化できる」 - 二枚の資料に切り替え
- 価値面:稼働率99.5%の証拠、保守対応までの平均TTR短縮、現場の当番表廃止
- 手段面:遠隔診断×先読み保全×月次ヘルスチェック
- 営業トークの順番を統一
成果→根拠(実績・設計)→移行の負担軽減→料金の順。価格交渉は最後の2分に追い込む。 - 技術の横展開案(企業目線)
取得データを匿名化して学習→推奨パーツ自動提案へ拡張。サブスク内のアップセルが生まれる。
結果、POC→本契約の転換率と、粗利率が向上。顧客目線で"成果の設計図"を先に示し、企業目線で"勝てる仕掛け"を後ろに効かせる。順番を変えただけで数字は動きます。
第6章 数値で回す:KPI設計のススメ
視点のバランスは「意識」では続きません。数字で管理できて初めて、再現性が出る。本章では、顧客目線KPIと企業目線KPIを"ペアで置く"考え方を導入します。片側だけのKPIは、組織を必ず歪ませます。価値の出方(外向き)と勝ち方(内向き)を同時に測る設計で、改善サイクルを"数字で回す"基盤を整えます。
顧客目線KPI
- 立ち上がり時間(導入→初回価値までの時間)
- ユーザー有効化率(30日後の定着)
- ジョブ充足度(Before/Afterの時間・コスト・リスクの差分)
企業目線KPI
- 機能別の採用率(どの差別化要素が効いたか)
- POC→本契約転換率/アップセル比率
- 粗利率とサポート工数(余計な複雑性の早期検知)
KPIを顧客×企業のペアで置くのがコツ。片側だけだと歪みます。
第7章 よくある"目線の事故"と対処
現場では、正論よりも"つまづき"の再発防止が効きます。本章では、僕が伴走現場で何度も見た典型的な事故パターン(機能先行デモ/御用聞き化/スペック過多)を挙げ、兆候→即時の対処までセットで提示します。読むだけで、明日からの会議と商談の"転び方"が変わります。
1. 機能先行のデモ
- 兆候:デモは盛り上がるが、稟議が通らない
- 対処:価値→機能の二枚ルールへ移行。デモ前に"成果の地図"を共有
2. 御用聞き化した営業
- 兆候:カスタマイズ地獄、見積もりのたびに赤字
- 対処:要望ではなく成果条件で受ける。Noと言える基準をマーケと合意
3. スペック過多の製品
- 兆候:リリースが遅れ、誰向けか曖昧
- 対処:最小実行の価値(MEV)で出す。顧客KPIで磨く
第8章 "インターナルマーケティング"で目線をそろえる
外を動かす前に、内をそろえる。私が強調しているのはここです。
- 価値メッセージの統一:社内向けに"30秒説明"を配布
- 成功事例の物語化:数字とストーリーを1セットで共有
- ロールプレイの標準化:営業・CS・プリセールスが同じ順番で話す
社内の目線が合えば、外への発信は自然と強くなる。広告の前に、まず社内のブリーフです。
第9章 明日からできる5つのアクション
ここまでの考え方を、"今日から動かせる"チェックリストに落とします。完璧を狙う必要はありません。一つ始めれば、組織の会話の順番が変わる。順番が変われば、提案の質とスピードが変わる。成果の最短距離は、小さく始めて習慣化することです。
- 商談資料を二枚に分ける(価値→機能)
- 逆ブリーフで要件定義(成果条件で渡す)
- 週次デュアルビュー会議(顧客/企業を二画面で)
- KPIをペアで置く(顧客×企業)
- 30秒の価値説明を社内に配る(全員が同じ言葉で話す)
第10章 小さな比率の違いが、大きな成果を生む
最後にもう一度。顧客目線と企業目線は対立ではなく、成功の両輪です。
マーケ60/40、営業70/30、技術60/40(企業寄り)という比率の明文化が、社内の迷いを消し、意思決定を速くします。
- 顧客目線=「使って価値が出るか?」
- 企業目線=「作って勝てるか?」
この二つを毎週・同じリズムで往復するだけで、商品も営業もメッセージも、嘘のように噛み合い出します。結果として、値引きに頼らず選ばれるようになる。ここまでくると、売上は"自然増"に変わります。
企業としても、以下のようなメリットがあります。
- イノベーション創出
- サイロ化解消
- 競争優位性の持続
- 持続的な成長が見込める
あなたの会社は今、どちらに偏っているでしょうか?
この記事で紹介した、資料/逆ブリーフ/デュアルビュー会議のうち、まずは一つだけ始めてみてください。小さな実践が、組織の"目線のバランス"を取り戻します。
現場での工夫や、社内でうまくいった運用のコツがあれば、ぜひ教えてください。私も引き続き、「外を動かす前に、内をそろえる」というマーケティングの原則を、現場の手触りでお届けしていきます。
この記事については、以下の動画でも説明しているので、参考にしてください。
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◾️ 執筆者
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執筆者
家電メーカー、石油会社、大型車両メーカー、高機能フィルムメーカー、建築部品メーカーなどに、新規事業立ち上げ・ブランド構築のコンサルティングと、顧客視点の顧客文化にするマーケティング社員研修を提供。 2013年より2024年まで、関西学院大学 経営戦略研究科で教授を務める。
著書は「売れない問題 解決の公式」(日本経済新聞出版)など国内外で24冊。米国、台湾、香港など海外でも講演。テレビ、ラジオの出演や新聞・雑誌への寄稿も多数。YouTubeでも最新のマーケティング情報を発信中。 本名 児玉洋典
マーケティングを自社に取り入れたい、営業チームを活性化したい、新しいビジネスを軌道に乗せたいなど、この記事やマーケティングについて知りたいこと、聞いてみたいことは、マーケティングアイズ株式会社のフォームからお気軽にどうぞ(以下をクリックください)